当サロンオーナー、田中義明によるエッセイ

風景を楽しむ 

 私どもはよく気ままな旅に出ますが、その楽しみの最大のものが素晴らしい風景との出会いです。私は望遠、家内は広角と大体役割を決めて沢山写真を撮ってきます。素人ですが今はカメラがちゃんと仕事をしてくれるので、後でそのときの感動を呼び起こすには充分です。

 写真で実際の風景以上に美しく撮ることは難しいと思いますが、ファインダーを覗いて長方形の中に自分の好きな部分だけを収めて写真にすると、実際に見た風景の印象とはまた違った美しさを再現できることもあります。

 このことは、風景画についてもいえます。私どもは絵を描きませんが、優れた風景画には、実際の風景以上に感動を与える魔力のような力が有ることは確かです。千葉の鹿野山の近くに九十九谷を見晴らせる所があって、私どもも何度かそこからの景色を楽しんでいるのですが、その景色をベースに描かれた東山魍夷の「残照」を見たときの感動にはとても及びません。

 絵の場合は、四角い画面の中に自然を切り取り、さらに余分なものを削ったり、実際にはなかったものを加えたり、また形や色を変えて美しさを際立たせるということが可能です。しかしそれだけでは人にそれほど感動を与えることはできないでしょう。技術だけではない作家の精神性が感じ取れて、それに見る人の心が共振することが重要なのだと思います。

 美しい風景写真に出会うことはよくありますが、素晴らしい風景画に出会うことは稀です。しかし出会えた時の感動は写真より絵のほうがはるかに大きいのは、絵のほうが作家が画面に込められる容量がいろいろな面で大きいからだと思います。