当サロンオーナー、田中義明によるエッセイ

美術は進歩しているか? 

 長野電鉄で長野から30分位のところに小布施という小さな町がありますが、ここには北斎館、おぶせミュージアム、中島千波館、現代中国美術館などがあって、アートファンなら一日ゆっくり楽しめます。とりわけ北斎に関する展示物は貴重なもので、広重、歌麻呂、写楽などと並ぶ「浮世絵師」程度の知識しかなかった私どもは、大きな衝撃を受け、果たして美術に進歩はあるのだろうかと思いながら帰路につきました。

 江戸の下町に住む葛飾北斎が初めて小布施を訪れたのは83歳の時であり、90歳で亡くなるまでに4回小布施に滞在し、最晩年の作品をこの地に残しました。当時江戸では天保の改革による倹約令で錦絵の印刷や販売が禁止され、生活に困窮した北斎に制作の機会を提供したのが小布施の地主であり、自らも書画をたしなむ高井鴻山でした。

 高井氏の屋敷は保存され公開されていますが、その中に北斎にあてがわれた四畳半のアトリエがあります。ここで多くの傑作が生み出されたのですが、その一つが岩松院の21畳大の天井画です。何十枚もの部分をつなぎ合わせて一枚の鳳凰の絵にしたものですが、その構図の大胆さ、巧みな筆さばき、豊かな色合い、八方を睨む眼光の鋭さなど、まさに非凡な力量を感じました。

 北斎館には40点もの肉筆画が展示されており、波や富士や北斎漫画などの版画して見たことのない私どもは、それらの肉筆画の迫力に圧倒されました。日本画、水墨画、文人画が一流であることは当然としても、シュールレアリスム的心象画、祭りの屋台の天井に描かれたデザインとしての絵など、現在の作品としてみてもその水準は軍を抜いているのではないでしょうか。