当サロンオーナー、田中義明によるエッセイ

ニューヨーク市の「芸術家証明書」 

 「ニューヨーク(芸術家と共存する街)」(塩谷陽子 丸善ライブラリー)に、面白い話が載っていました。ニューヨークがパワーあふれる芸術作品を次々に生み出す社会である背景には、芸術家を一市民として社会に受け入れようとするデモクラシーがあるというのです。

 芸術家はそれをなりわいとして食べていくのが最も難しい職業ではあるけれど、社会にとって絶対必要であるとの認識から、アメリカには芸術家の層を厚くするために奨励金制度や発表のチャンスを与える制度などがありますが、ユニークなのが1983年から施工されたいわゆる「ロフト法」です。

 ニューヨークのマンハッタンにある工業専用地域では、1970年頃から工場や倉庫が郊外に移ったりして空洞化が進んでいたのですが、それに目をつけた芸術家たちが安い家賃でアトリエを借り、さらにそこで生活をするようになっていきました。当時工業専用地域にアトリエを持ったり居住することは違法だったのですが、「ロフト法」では「芸術家は軽工業者である」とし、市発行の「芸術家証明書」を有する者は、工業専用地域での制作と居住を認めるという粋なはからいをしたのです。これによって、芸術家は生活は不便ながらも、安い家賃で広い制作スペースを確保する道が開かれました。

 それでは何を基準として芸術家と認めるかというと、①5年以上商業芸術でなく純粋芸術にたずさわってきたこと、②自己の表現形態に不断に傾倒してきたこと、③将来にわたってそれを継続する覚悟があること、の三つです。

 芸術家の条件には、作品のレベル、方向性、作品販売による稼ぎだか、副業の種類などは一切含まれていません。この芸術家の定義が、自由な創作活動をサポートするニューヨークの風土のベースとなっているのでしょう。