当サロンオーナー、田中義明によるエッセイ

「空海の風景」を観て

 司馬遼太郎自身が一番気に入っている作品といっていた「空海の風景」が、今年のお正月に現地取材を含めてNHKで紹介されました。千二百年前の超天才の生きざまを、現代の天才作家が生き生きと蘇らせたのです。

 私は真言密教の教えについては分かりませんが、大日如来の前では地位も国籍も関係なく人間は平等であるとし、空海は弟子入りしてきた先輩の最澄も町人や農民と一緒に修行させたといわれます。

 実在した人間で空海ほど日本中で信仰の対象になっている人はいません。よほど住民に恩恵をもたらしたのでしょう。讃岐平野のため池満濃池は、実際に空海が指導し、祈願して完成させたもので、土木技術にも長けていました。

 彼の天才ぶりは文筆、書の画にもみられます。彼が乗り込んだ遣唐使の船が嵐で唐の南の浜に打ち上げられとき、日本政府の使者が地域の長官に何回上陸の許可を文書で願い出ても、返事すら来なかったのが、身分も低い若い留学僧であった空海が出した一通の手紙に長官が感服し、直ちに許可がおりました。

 また西安(当時の長安)で、記者が市民に「空海を知っているか」とたずねると、「書の達人だ」という答えが返ってきました。空海は当時唐で流行していた書体をたちまち吸収し、独創的な書体や大きさの字を創り上げ、中国の書家にも認められたのでした。

 空海は多くの文書を残していますが、番組でそのひとつが紹介されました。それは一つの文書の中に様々な書体が入り混じり、どこに空海がいるのか見る人が困惑するようなものでした。無、ゼロを究極の教えとする空海らしい書との解説でした。

 書だけに止まらず、何ものにもとらわれずに自らの人生を演出した空海の生きざま自体が、見事なアートだと思いました。